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長野地方裁判所 昭和52年(ワ)23号 判決

原告

伊藤尊幸

被告

松本スバル自動車株式会社

ほか一名

主文

一  被告らは連帯して原告に対し、金一、一六五万六、三八七円及び内金一、〇九五万六、三八七円に対しては昭和四六年八月九日から、内金七〇万円に対しては本裁判確定の日の翌日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告らは連帯して原告に対し、金二、三五五万〇、五七四円及びこれに対する昭和四六年八月九日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決及び第1項につき仮執行の宣言

二  被告ら

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件事故の発生

昭和四六年八月九日午前八時三〇分ころ、長野県伊那市日影区の県道伊那高遠線大宮口バス停留所附近路上において、道路左側に寄せ停車していた原告運転の乗用自動車(以下原告車という。)に、後方から進行してきた被告有賀運転の乗用自動車(松本五せ四四一〇)(以下被告車という。)が追突し、原告は右事故により鞭打ち傷害を受けた。

2  被告らの責任

(一) 被告有賀

被告有賀は被告車の保有者であるから、本件事故により原告に生じた損害について自動車損害賠償保障法第三条に基づき賠償する責任がある。又本件事故は同被告の前方注意義務違反の過失によつて引き起されたものであるから民法第七〇九条による責任もある。

(二) 被告会社

(1) 被告有賀は被告会社の営業部員であり、又被告車は、被告有賀が被告会社の営業のために通常使用し、本件事故も被告有賀が被告車を運転して被告会社への通勤の途上被告有賀の過失によつて発生したものである。よつて被告会社は被告車の運行供用者として自動車損害賠償保障法第三条に基づく責任を、又被告の有賀の使用者として民法第七一五条に基づく責任を負うべきである。

(2) 仮に被告会社が本件事故当時存在した松本スバル自動車株式会社(以下旧松本スバルという。)と別法人であつたとしても、被告有賀は本件事故当時旧松本スバルの従業員であつたところ、被告会社は旧松本スバルと営業目的、営業場所、得意先、仕入先、従業員など営業の形態、内容を同じくするもの(被告有賀も引き続き被告会社の従業員となつている。)であつて、旧松本スバルの債務を回避しようとするために設立されたものであるから、法人格否認の法理により本件事故についての損害賠償責任を負わなければならない。

(3) 仮に右事実が認められないとしても、被告会社は昭和四八年四月一一日旧松本スバルから一切の債権債務を譲り受けたが、右引き受け債務の中に本件損害賠償債務も含まれる。

(4) 仮に右事実が認められないとしても、被告会社は右同日、旧松本スバルの営業を譲り受けたものであるが、譲渡人である旧松本スバルの商号を続用しているから、商法第二六条第一項の規定により、旧松本スバルの営業によつて生じた本件損害賠償債務について被告会社もその弁済の責任がある。

3  原告の損害

(一) 原告は本件事故による傷害の治療のために、本件事故当日の昭和四六年八月九日より同年一一月二〇日まで一〇四日間伊那中央総合病院に、昭和四七年四月八日より同年六月一三日までの六七日間及び昭和四八年一月一六日より同年三月二〇日まで六四日間それぞれ昭和伊南総合病院にいずれも入院、その間の昭和四六年一一月一八日より昭和四八年一月一五日までの間に九七日間右昭和伊南総合病院に通院、同年六月二〇日より同年一一月一七日まで一五一日間小林脳外科病院に入院、さらに右入院中の同月一〇日より昭和四九年一〇月五日までの間に一四七日大島整骨院に通院、同月二九日より同年一一月二三日まで二六日間立木病院に、昭和五〇年二月六日より同年一〇月五日まで二四二日間国立松本病院に、昭和五一年六月一日より同年八月一一日まで七二日間東京労災病院にそれぞれ入院し、これらの間も経過が思わしくないため静岡労災病院、慈恵医科大学付属病院他各種の病院において検査、治療を受けたが、昭和五一年八月以降も国立松本病院で週に一回の通院治療を受け、後遺症は七級と診断されている。

(二) この間に原告が受けた損害はつぎのとおりである。

(1) 治療費 金二三万一、八六〇円

但し原告は健康保険を使用して治療を受けたため、右金額は健康保険負担分を除いた原告負担分のみである。

(2) 通院費(宿泊代を含む。) 金三二万円

(3) 入院雑費 金三六万九、〇〇〇円

入院七二六日間につき、一日金五〇〇円の割合

(4) 付添看護料 金四〇万円

付添二〇〇日間、一日金二、〇〇〇円の割合

(5) 休業損害 金九四一万七、五四五円

原告は本件事故前より有限会社白川タクシーに雇用され、タクシー運転手として勤務していたが、本件事故当日より欠勤を余儀なくされ、昭和五一年八月より配車係として少しづつ勤務するようになつたが、その間原告は右休業により各年につきつぎの損害を受けた。

(イ) 昭和四六年 金四六万九、六八三円

但し同年の得べかりし月収金七万七、五一七円、同賞与金一〇万〇、一八六円

(ロ) 昭和四七年 金一三二万九、三四四円

但し同年の得べかりし月収金八万九、八六二円、同賞与金二五万一、〇〇〇円

(ハ) 昭和四八年 金一六〇万一、八四四円

但し同年の得べかりし月収金一〇万五、四八七円、同賞与金三三万六、〇〇〇円

(ニ) 昭和四九年 金二〇五万二、五三六円

但し同年の得べかりし月収金一三万三、一二八円、同賞与金四五万五、〇〇〇円

(ホ) 昭和五〇年 金二二三万八、三六八円

但し同年の得べかりし月収金一四万七、三六四円、同賞与金四七万円

(ヘ) 昭和五一年 金一七二万五、七七〇円

但し同年の得べかりし月収金一五万九、六〇〇円(同年八月まで)、同賞与金四五万九、〇三五円。なお同年八月においては原告は身体を馴らすため具合のよい日だけ数時間づつ出勤し、金一万〇、〇六五円の収入をえたので、同月分の得べかりし月収から右同額を控除。又同年の得べかりし賞与は総額で金五〇万四、〇〇〇円のところ、同年八月以降の勤務に対し同年一二月金四万四、九六五円の賞与を受けたのでこれを控除。

(6) 後遺障害による逸失利益 金一、〇七六万三、三六九円

原告は前記のとおり後遺障害七級と診断されているところ、原告の昭和五一年のうべかりし収入は前記のとおり月収金一五万九、六〇〇円、賞与金五〇万四、〇〇〇円、合計金二四一万九、二〇〇円、後遺障害七級の労働喪失率五六パーセント、労働喪失期間昭和五一年九月から一〇年間(ホフマン係数七・九四四九)を基礎に原告の後遺症による逸失利益を算出すると、

2,419,200×56/100×7.9449=10,763,369

(7) 慰謝料 金六〇〇万円

原告は本件事故により前記のとおりの長期の入、通院を要する傷害を受け、その後も重度の各種鞭打ち症状が存し、現在に至るも神経、精神系統の著しい障害のため軽易な労務にしか服することができない状態である。一家の支柱として生活を支えていかなければならなかつたはずの原告にとつて右のような入、通院及び後遺障害による精神的、肉体的苦痛ははかり知れないものがあり、右苦痛を慰謝するには金六〇〇万円が相当である。

(8) 弁護士費用 金一〇〇万円

(9) 残損害額

よつて本件事故による原告の損害は合計二、八五〇万一、七七四円となるが、内金四九五万一、二〇〇円については任意保険等から填補を受けたので、残損害額は合計金二、三五五万〇、五七四円である。

4  よつて原告は被告らに対し、連帯して、本件事故によつて原告の蒙つた損害に対する賠償金二、三五五万〇、五七四円及びこれに対する本件事故日である昭和四六年八月九日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告らの認否及び反論

1  請求原因第1項につき

(被告有賀)

原告が原告車を道路左側に寄せ停車していたとの事実は否認し、その余は認める。

(被告会社)

不知

2  同第2項につき

(被告有賀)

同項(一)について

被告有賀が被告車の保有者であつたことは認め、その余は否認又は争う。

(被告会社)

同項(二)の(1)につき

否認。被告会社は本件事故後の昭和四八年四月一一日設立された会社であつて、本件事故についての責任はない。なお本件事故当時存在した松本スバル自動車株式会社(旧松本スバル)は昭和二三年七月二〇日設立された株式会社であつて昭和四八年四月五日商号を株式会社浅間ハイツと変更(同月一一日その旨の登記を経由)、又同年五月一日本店所在地を松本市大字浅間温泉三〇一番地一に移転(同月一四日その旨の登記を経由)したが、現在もなお存在する法人である。

同(2)につき

争う。なお被告会社が旧松本スバルの債務を回避しようとするために設立されたとの主張については否認。もつとも被告会社は旧松本スバルのスバル自動車販売部門として使用していた土地建物などの施設を譲り受け、同所を被告会社の本店としているが、これは、富士重工業株式会社が昭和四八年ころそれまで同社の製造するスバル自動車を販売していた旧松本スバルより、右自動車販売を中止したいとの申入れを受けたため、新たに自ら一〇〇パーセント出資して松本市に右自動車の販売を目的とする被告会社を設立したという事情によるのであつて、従つて被告会社は原告主張のようにことさら本件交通事故の損害賠償金の支払を回避するために設立されたものではなく、本件に法人格否認の法理が適用される余地はない。

同(3)について

被告会社が昭和四八年四月一一日旧松本スバルから債権債務を譲り受けたことは認めるが、引き受け債務中には本件損害賠償債務は含まれていない。

同(4)について

争う。すなわち、被告会社は昭和四八年四月一一日設立登記されたものであつて旧松本スバルから商号を譲り受けたものではないから、商法第二六条第一項の商号の続用には当らない。

仮に被告会社が旧松本スバルの商号続用者あつたとしても、右法条による責任は旧松本スバルの営業によつて生じた債務についてのみ生ずるのであつて、本件のごとき不法行為を起因とする損害賠償債務には及ばない。何となれば同法条の趣旨は、商号続用者が引き続き営業主であるとの外観を信頼した第三者の受けるべき不測の損害を防止するため、第三者を保護し、取引の安全を期することにあり、従つて交通事故その他事実行為たる不法行為に起因して負担するに至つた損害賠償債務は右営業による債務には含まれないと解すべきである。同法第二三条の「取引ニヨリ生ジタル債務」の解釈に関して同旨の説示をした昭和五二年一二月二三日最高裁判所第二小法廷判決(最高裁判所民事判例集第三一巻第七号一五七〇頁)は本件についても参酌されるべきである。

3  同第3項につき

(被告有賀)

原告が任意保険等から金四九五万一、二〇〇円の填補を受けたことは認め、その余はいずれも不知。

(被告会社)

いずれも不知。

(被告ら)

原告は長期にわたり病院を転々としているが、原告の愁訴には不合理な点が多く、原告の症状は心因性のものである(原告が最初に入院した伊那中央総合病院の医師上野豊は、原告の同病院退院時において、身体的異常所見はなく、原告の愁訴は精神的要因が強いと診断をしている。)。さらに原告は昭和四七年ごろには狩猟に何回か出掛けており、同年一二月二一日には同県上伊那郡高遠町上山田金井沢において兎の狩猟中猟犬が三〇メートル下の崖下に転落して死亡するという事故を、同月二六日には同町上山田細原において狩猟中転倒し、その際銃身に土が入つたのに気付かず発射したため銃身を破壊するという事故をそれぞれ起している。

以上の経過によれば、原告の本件事故による傷害は本件事故後三か月ないし四か月で治癒する程度のものと見るのが相当であり、遅くとも原告が第一回狩猟事故を起した昭和四七年一二月二一日以降の治療及び休業は本件事故と相当因果関係がないというべきである。

4  同第4項、争う。

三  抗弁

(被告ら)

1 過失相殺

本件事故は、駐車禁止の交通規制がされている道路であるのにもかかわらず、後続車の動静に十分注意しないで原告が道路左側に停車しようとしたために、原告車に続いて被告車を進行させていた被告が衝突回避の措置を講じたが間に合わず追突したものであるから、原告にも過失があるので、過失相殺をすべきである。

(被告会社)

2 権利濫用

前記のとおり本件事故当時被告有賀の使用者であつた旧松本スバルが現存し営業活動を行つているのにもかかわらず、原告が同社に対して本件事故による損害賠償請求をせず、その後に設立された被告会社に対して専らこれを求めるのは権利の濫用である。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁第1項につき

争う。原告は被告車との車間距離が十分あるのを確認し、かつ原告車の左側ウインカーの合図を出して停車したのであつて、原告には何の過失もない。

2  同第2項につき、争う。

第三証拠〔略〕

理由

一  本件事故の発生

昭和四六年八月九日午前八時三〇分ころ、長野県伊那市日影区の県道伊那高速線大宮口バス停留所附近路上において、原告運転の原告車に後方から進行してきた被告運転の被告車が追突し、右事故により原告が鞭打ち傷害を受けたことは、原告と被告有賀との間では争がなく、原告と被告会社との間では、原告及び被告有賀各本人尋問の結果によりこれを認めることができ、同各本人尋問の結果を総合すれば、右道路は舗装部分の幅員が少くとも六メートルあり、右舗装部分の外側には未舗装部分が存在するが、原告は友人宅に届け物をするために、後続車である被告車との車間距離は約三〇メートルあることを確認して左側の方向指示器を出して原告車の左側車輪が舗装部分を外れ未舗装部分にはみ出すほど左に寄せて原告車を停車させたこと、ところが被告は原告車が右のように左側へ方向指示器を出して減速停車しかかつているのを同車よりの距離一七メートルないし一八メートルに迫つて発見し、直ちにブレーキを踏みハンドルを右に切つたが、制動効果がさして現われるいとまもなく停車直後の原告車の右後部に時速四〇キロメートル以上の速度で被告車を追突させたこと、右衝突により原告車は約一八・五メートルも押し出され、原告車の右後部トランクから後部座席の窓近くまで潰され、さらにその衝突による衝撃の影響は運転席にも及び、運転席のドアもあけられなくなり、運転席座席シートも後に倒れる程であつたことが認められる。

二  被告らの責任

被告有賀

被告有賀が被告車の保有者であつたことは原告と同被告間で争がなく、又右認定の本件事故に至る経緯に照せば、同被告に前方不注視の過失があつたことは明らかであり、従つて同被告は自動車損害賠償保障法第三条ないし民法第七〇九条の規定に基づき、本件事故により原告に生じた損害を賠償する責任がある。

2 被告会社

(一)  自動車損害賠償保障法第三条又は民法第七一五条に基づく責任の存否について

いずれも成立に争のない乙第一、二号証及び被告有賀本人尋問の結果によれば、被告有賀は昭和四四年二月旧松本スバルに雇用され、本件事故当時も同社の社員であつたが、同社は昭和二三年七月二〇日設立以後、本件事故時を経て昭和四八年四月五日まで松本スバル自動車株式会社の商号で自動車販売等を営業目的としていたこと、同被告は同社伊那営業所に所属し、販売部員として同社の自動車販売業務を担当していたが、被告車を同社より購入(割賦支払の約のところ代金未完済であつたため、本件事故当時被告車の所有権は同社に留保されていた。)したうえ、これを同社の右自動車販売業務のために日常使用していたところ、本件事故は、同被告が同社への出勤の途上で発生したこと、一方被店会社は本件事故後の昭和四八年四月一一日設立されたもので、本件事故当時は存在していなかつたことがいずれも認められ、これに反する証拠はない。

右事実によれば、旧松本スバルは本件事故時被告車についての運行支配及び運行利益を有しており、かつ本件事故時における被告有賀の運転行為に同社の業務執行に当るというべきであり、従つて同社は被告車の運行供用者として自動車損害賠償保障法第三条及び被告有賀の使用者として民法第七一五条の規定に基づき、本件事故により原告に生じた損害を賠償すべき義務を負わなければならないが、一方本件事故当時未だ設立もされていなかつた被告会社が本件事故につき直接右各法条の規定に基づく責任を負うべき根拠はない。

(二)  法人格否認の法理又は債務引き受けの成否について

前掲乙第一、二号証、被告会社代表者本人尋問の結果真正に成立したと認められる乙第三号証、いずれも証人船坂寿万吉の証言により真正に成立したと認められる乙第四、第五号証、及び同証言、同本人尋問の結果、被告有賀本人尋問の結果を総合すれば、旧松本スバルは森川一族が一〇〇パーセント出資し、かつ代表取締役等の役員を占める会社であり、主として富士重工業株式会社の製造するスバル自動車を松本地区を中心に販売していたが、業績が振わなかつたため、昭和四七年夏ごろ富士重工業株式会社へ同自動車の販売から手を引きたい旨申し入れたので、富士重工業株式会社は同社が一〇〇パーセントの出資をして旧松本スバルに代るスバル自動車の販売会社を同市に新たに設立することとし、旧松本スバルと折衝した結果、新旧会社の各営業目的に照らし、スバル自動車販売を目的とする新会社が旧松本スバルと全く同一商号である松本スバル自動車株式会社の商号を使用し、以後マンシヨン経営を主目的とする旧松本スバルは株式会社浅間ハイツと商号変更すること、又新会社は、新会社が自動車販売営業のために必要とする土地、建物、機械、工具等一切の資産を旧松本スバルより譲り受け、本店所在地については従前旧松本スバルの本店所在地であつた松本市大字芳川村井町七七八番地の一〇を新会社の本店所在地とし、旧松本スバルは同市大字浅間温泉三〇一番地の一へ移転すること、旧松本スバルの従業員も総務部長及び総務課長の二名を除き他はすべて新会社が引き続き雇用すること等の協議が成立し、新会社は昭和四八年四月一一日松本スバル自動車株式会社の商号で設立された(右新会社が被告会社である。以下被告会社という。)が、被告会社には森川一族は全く参加せず、その役員も代表取締役に就任した吉良礼三を始め、主たる役員は富士重工業株式会社からの出向者で占められたこと、被告会社が設立後旧松本スバルより譲り受けた財産は前記のような資産のほか現預金、受取手形、売掛金等の当座資産、新車、中古車、部品等の商品及び投資等合計金八億七、三四八万四、六六二円相当の資産のみでなく、支払手形、買掛金、短期借入金、長期借入金等合計七億五、九七〇万一、五五三円相当の負債も被告会社が引き受け、右譲り受け資産と引き受け債務の差額金一億一、三七八万三、一〇九円は被告会社から旧松本スバルに対し現金で精算されたこと(従業員の雇用関係も旧松本スバルにおける勤続年数を被告会社で通算する等一切が被告会社へ継承された。)、但し右引き受け債務中には前記認定の旧松本スバルについて生じた本件交通事故による損害賠償債務は含まれていなかつたこと、以上の各事実が認められ、これに反する証拠はない。

右各事実によれば、被告会社は旧松本スバルが負つていた本件交通事故による損害賠償債務をその引き受け債務の中に含めていなかつたし、又新会社たる被告会社は旧会社たる旧松本スバルと商号、営業目的及び内容、従業員並びに営業財産等を同一とするものの、その経営主体は全く異るのであり、被告会社設立に至る経緯と資産及び負債の譲り受けの実態に照せば、右譲り受けは正当な取引に基づく営業譲渡と目すべきであつて、本件交通事故による債務が被告会社の引き受け債務中に含まれていなかつたとの一事をもつて被告会社が旧松本スバルの債務を回避しようとして設立されたものとは到底いえず、原告主張の法人格否認の法理も採用できないところである。

(三)  商号続用営業譲受人の責任の成否について

前記認定の事実によれば、被告会社は旧松本スバルを譲渡人とする商号続用営業譲受人というべきである。そうすると被告会社は商法第二六条第一項の規定に基づき、旧松本スバルの営業によつて生じた債務につきその弁済の責に任じなければならないのであるが、右弁済義務の及ぶ債務については、取引上の債務のみならず、営業上発生したものである限り不法行為によつて負担する損害賠償債務もこれに含まれると解すべきである。この点について、被告会社の採用する同法第二三条に関する最高裁判所判例(昭和五二年一二月二三日)は、同条による保護の対象が、名義貸与者が営業主であると誤認して(名義借用者と)取引をなした第三者であつて、同条の文言上も不法行為による責任のような取引関係以外の責任がこれに含まれないのは明らかであるばかりか、不法行為の性質上、相手方の名義いかんによつて不法行為の被害者になつたりならなかつたりすることは通常考えられない(仮に相手方の名義いかんによつてことさらに不法行為の被害者となつた場合は、そのような第三者は原則として保護に値いしない。)のであつて、実質的にも不法行為をこれに含ませる根拠はないのに反し、同法第二六条第一項の規定は、すでに生じている営業上の債権について、商号が続用されているため債務者である営業主の交替を知りえず、引き続き同一商号を使用している営業譲受人を自己の債務者と考えている債権者、又は営業譲渡の事実は知つていたとしても、商号が続用されている以上、営業譲渡に伴い譲受人は債務を含み譲渡人に帰属していた一切の営業上の権利関係を継承したと考えている債権者(そのように考えるのが通常である。)を保護の対象としているのであつて、保護の対象たる債権はそれが営業上発生したものである限り不法行為によるものであつても、取引による債権と取扱いを別異にする根拠はないといわなければならず、従つて右判例は本件には適切ではない(むしろ同法第二八条の解釈について、営業譲渡人が営業上の不法行為によつて負担する損害賠償債務は、同条の「営業に困つて生じた債務」に該当する、と判示した最高裁判所昭和二九年一〇月七日判決、最高裁判所民事判例集第八巻第一〇号一七九五頁を本件に参照すべきである。)。

そうすると、前記認定のとおり旧松本スバルの営業上生じたというべき本件事故による損害賠償債務については、商号続用営業譲受人である被告会社もその弁済の責に任じなければならない。

なお前掲乙第二号証及び被告会社代表者本人尋問の結果によれば、商号を株式会社浅間ハイツと変更した旧松本スバルは現在も存続していることは認められるが、原告が同社に対して本件損害賠償請求権を行使せず、被告会社に対してのみその請求をなしているからといつて、到底これを権利の濫用ということはできない。けだし営業上の債務は当該営業活動を営む経済的生活体たる企業そのものの債務であつて、債権者はその物的な資産とともに(或はそれ以上に)企業の収益性に担保価値を認めているといわなければならず、従つて本件損害賠償請求権については、むしろ旧松本スバルに対してこれを行使するより、同社からその主たる企業的実体を継承した被告会社に対して行使することが自然な形だからである。

三  過失相殺の主張について

本件事故が発生した道路は本件事故時駐車禁止の規制がなされていたとの被告有賀の供述は原告本人の供述に照らして直ちに採用しえず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。仮に右交通規制があつたとしても、徐行又は停車は規制されていない以上、後続車が前車において徐行又は停車もしないと信じて前車の動静にさして注意も払わずに前車に追従進行することが通例であると認めるべき根拠はないから、とくに右規制区域内であつたからとて、前車において後続車に対し右規制のない道路上の場合以上に減速又は停車についての予告措置を講じたり、特段の減速又は停車方法をとる等の措置を講ずべき注意義務があるとはいえない。しかして前記認定の本件事故直前の原告の停車方法は少くとも通常の場合における停車の際の注意義務は尽しているといえるから、これを越えて原告に過失があつたとすることはできない。

よつて被告らの過失相殺の主張は採用できない。

四  原告の損害

1  いずれも原本の存在については当事者間に争がなくその成立については原告本人尋問の結果これを認めることができる甲第一号証の一、第二号証一、第三号証の一、二、いずれも同本人尋問の結果真正に成立したと認められる甲第五号証の一、二、第六、第七号証、第八号証の一、二、第九号証の一ないし五、第一〇号証、第一一号証の一ないし六、第一二号証の一、二、第一三号証の一ないし四、第一四、第一五号証、第一六号証の一ないし三、第一七号証の一ないし五、第一八号証、第二〇号証、第二四ないし第二七号証、第三四号証、原告と被告会社間では成立に争がなく、原告と被告有賀間では原告本人尋問の結果真正に成立したと認められる甲第三九号証及び同本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば、原告は本件事故による傷害の治療のために、別表1入院一覧表のとおり本件事故当日の昭和四六年八月九日から昭和五一年八月一一日までの間に伊那中央総合病院等六病院に前後七回、少くとも七〇六日間入院し、その間別表2通院一覧表のとおり通院治療(後記後遺障害に対する対症療法を含む。)を受けたこと、原告の症状は激しい頸部痛、頭痛、目まい、肩はり、首の不安定、腰痛、右上肢知覚冷覚鈍麻等であつていずれも外傷性のものであり、医学的にも昭和四八年二月二〇日現在で頸部X線でやや異常が見られたこと、右各入、通院においては頸椎の固定手術等のほか苦痛を軽減するための対症療法等が行われたこと、昭和五〇年二月六日より同年一〇月五日に至る国立松本病院入院中に施行された腰骨の頸椎移植手術により首は固定し、頭痛もかなり軽減する等の効果があり、さらに昭和五一年六月一日より同年八月一一日に至る東京労災病院入院治療の結果目まいはほとんど消失したが、耳なりはやや軽減した程度に止まる等障害がかなり残存したこと、そして東京労災病院での右治療が傷害に対する直接的治療の最終的なものであり、以後の治療は対症療法に止つていることが認められ、これに反する証拠はない。右の事実によれば、原告の症状は昭和五一年八月一一日東京労災病院の退院時に固定し、以後の症状は後遺障害と認定するのが相当である。

ところで同本人尋問の結果真正に成立したと認められる甲第三五号証、いずれも成立に争のない丙第一、二号証及び同本人尋問の結果によれば、原告は昭和四七年一二月中に数回狩猟をした(その間少くとも銃を一発は発射した。)ことが認められるが、右甲第三五号証及び同本人尋問の結果によれば、右狩猟は医師から少し運動をするようにすすめられ、各回とも約四〇分、銃を持つた散歩程度のものに過ぎなかつたと認められるので、右狩猟の事実をもつて同時点では原告の本件事故による傷害は治癒していたということもできないし、又右狩猟又は銃の発射によつて原告の症状に増悪があつたと認めるべき証拠もない以上、同時点以降の原告の症状及び治療並びに後遺障害はすべて本件事故と因果関係があり、しかも前記認定の本件事故の態様に照らせば、右因果関係はいずれも相当因果関係の範囲内にあるものと認めるのが相当である。

2  以下原告に生じた損害について判断する。ところで本件においてその損害の算定はいわゆる死傷損害説に立つて原告の本件事故による傷害そのものを損害とし、現実に生じた損害は右傷害による損害を評価するための資料とみなすこととするが、治療費等積極支出については、以下認定の現実の支出はその金額に照らし、本件事故時において全額予見可能の範囲内にあるもの(但し定額的処理を行うべき入院雑費及び付添看護料は右見地に照らし、本件事故時における基準を採用する。)としてこれを直ちに損害評価に採用し、休業損害、後遺症による損害等の逸失利益については現実の損害額から本件事故日の属する昭和四六年から各年までの中間利息を控除したものを本件における損害とすることが公平上相当である。

(一)  積極損害

(1) 治療費(部屋代差額、診断書料等を含む。)

前掲甲第六、第七号証、第八号証の一、二、第九号証の一ないし五、第一〇号証、第一一号証の一ないし六、第一二号証、第一三号証の一ないし四、第一四、第一五号証、第一六号証の一ないし三、第一七号証の一ないし五、第一八号証、いずれも原本の存在については当事者間に争がなくその成立については原告本人尋問の結果これを認めることができる甲第一号証の二ないし四、第二号証の二、第三号証の三、四、第四号証の二ないし五、第五号証の三ないし九、第一九号証によれば、原告は前記各入、通院中に治療費、初診料、部屋代差額、寝具貸付料、診断書料等として合計金二三万一、八六〇円を支出したことが認められる。

(2) 通院費(宿泊代を含む。)

いずれも成立に争のない甲第二八号証の一ないし四、いずれも原告本人尋問の結果真正に成立したと認められる甲第二九号証、第三〇号証の一ないし一〇、第三一号証の一ないし三及び同本人尋問の結果、前記認定の入、通院実績並びに弁論の全趣旨に照らせば、原告は入、通院のための費用として宿泊代も含めて少くとも金三二万円は支出したと認めるのが相当である。

(3) 入院雑費等

いずれも原告本人尋問の結果真正に成立したと認められる甲第三二号証の一ないし四によれば、原告は治療に必要な器具代として合計金七五、四一〇円を支出したことが認められ、又入院雑費については一日につき金三〇〇円と認めるのが相当であり、そうすると前記入院日数を勘案すると、入院雑費として少くとも合計金二一万一、八〇〇円を支出したことが認められる(総計金二八万七、二一〇円)。

(4) 付添看護料

原本の存在については当事者間に争がなくその成立については原告本人尋問の結果によりこれを認めることができる甲第三七号証及び証人伊藤久美子の証言によれば、原告の前記各入院中、伊那中央総合病院においては二七日、昭和伊南総合病院においては一週間、国立松本病院においては二か月、合計少くとも九四日間原告の妻が付添看護をしたことが認められるところ、右付添費については一日金一五〇〇円と認めるのが相当であり、そうすると右付添費合計は金一四万一、〇〇〇円となる。

(二)  消極損害

(1) 休業損害

いずれも原告本人尋問の結果真正に成立したと認められる甲第二一ないし第二三号証、証人白川光雄の証言及び同本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば、原告は昭和四三年ごろ有限会社白川タクシーに入社し、タクシー運転手を経て本件事故より約一年前ごろから配車係を担当(時々タクシー運転も行つていた。)してかたが、本件事故による傷害のため、本件事故日から昭和五一年八月一七日まで欠勤、その間収入はなかつたこと、右欠勤期間中のうべかりし収入は最低限別表3給料表のとおりであるところ、原告は同社から昭和五一年八月分の給料として金一万〇、〇六五円を、同年冬期賞与として金四万四、九六五円をそれぞれえたことが認められ、これに反する証拠はない。よつてこれによる右各年のうべかりし収入の合計額は同表年合計額欄のとおりとなる。なお昭和五一年冬期賞与はこの休業損害中に算入した。

右各年合計額に前記のとおり昭和四六年から各年までの中間利息を控除すると、原告の本件事故による休業損害は別表4休業損害表のとおり合計金八二二万〇、七五五円となる。

(2) 後遺障害による逸失利益

前記認定のとおり本件事故による傷害の結果、原告には昭和五一年八月以降もかなりの後遺障害が存在するが、前記甲第三九号証及び同本人尋問の結果によれば、その主な症状は前記耳なりの他、後頭神経痛、頸部頂部自発痛及び運動時痛、肩こり、右上肢倦怠感及び知覚鈍麻、同筋力低下、目まい、視力調整障害等であり、その結果、同一動作の仕事の継続、動く物体をみつめること、細い字を読むこと、物を持ち運んだりすることにより頸部、右上肢等の疼痛増強及び右上肢の神経障害、頭痛、目まい等が誘発され、仕事を持続することができず、軽易な労作業以外の労務に服することが困難な状態(昭和五二年二月二二日国立松本病院整形外科医師宮脇晴夫により自動車損害賠償保障法施行令別表第七級の四に該当するとの診断を受けた。)であること、その結果、昭和五一年八月以降再び同社の配車係として就労しているものの、通常に勤務する者より少くとも四〇パーセントは収入が少ない状況であることが認められ、これに反する証拠はない。ところで右後遺障害の残存期間であるが、後遺障害の右認定の程度と、一方本件傷害が経年的に症状が減少ないし消失していくことが通常であるいわゆる鞭打ち症であること及び原告の担当が本件事故の前後を通じ事務系の配車係であることに照らし、原告の右後遺障害及び収入減は少くとも昭和五六年七月まで約五年間は継続するであろうと認定するのが相当であり、かつ本件事故時から通算すれば約一〇年となる右期間は本件事故と相当因果関係の限度内にあるものと認めるべきである。しかして右喪失期間中のうべかりし収入は、昭和五一年九月から同年一二月までは前記認定(別表3の同年欄)の同年の月収金一五万九、六〇〇円を基準にし(同年の冬期賞与の喪失分は前記のとおり休業損害中に算入済である。)、昭和五二年一月から昭和五六年七月までは一年につき右昭和五一年の賞与も含めた年合計額金二四一万九、二〇〇円を下らないと認められるので、これを基準に右減収割合及び昭和四六年を基準年とした中間利息控除の各計算を行うと別表5後遺障害逸失利益表のとおり原告の本件事故による後遺障害逸失利益は合計金三七〇万六、七六二円となる。

(三)  慰謝料

前記各認定の本件事故による傷害治療のための長期の入、通院及び後遺障害に照らせば、これらによつて受けた原告の精神的苦痛を慰謝するには金三〇〇万円をもつて相当とする(昭和四六年を基準とする。)。

3  以上本件事故を原因とする傷害による原告の損害は弁護士費用相当分を除くと合計金一、五九〇万七、五八七円となるところ、右損害に対して金四九五万一、二〇〇円が填補されたことは原告の自認(原告と被告有賀間では争がない。)するところであるから、その残額は金一、〇九五万六、三八七円となる。

4  弁護士費用

原告が本件訴訟を追行するために弁護士松村文夫に委任して本件訴訟を追行したことは当裁判所に顕著であるところ、本件訴訟の困難性及び右認容額に照らし本件事故と相当因果関係にある弁護士費用は金七〇万円をもつて相当とする。しかして右弁護士費用の支払期については遅くともこの裁判が確定した日であると認めるべきであるから、右費用分についてはその翌日をもつて遅延損害金の始期とすることが相当である。

五  よつて被告らは各自(連帯して)原告に対し本件事故による損害賠償金として金一、一六五万六、三八七円及び弁護士費用を除く内金一、〇九五万六、三八七円に対しては本件事故日である昭和四六年八月九日から、弁護士費用金七〇万円に対しては本裁判確定の日から各完済まで年五分の割合による遅延損害金を支払うべきであるので、原告の本訴請求を右の限度で認容し、その余の請求を棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言については同法第一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 国枝和彦)

別表1 入院一覧表

〈省略〉

別表2 通院一覧表

〈省略〉

別表3 給料表

〈省略〉

別表4 休業損害表

〈省略〉

別表5 後遺障害逸失利益表

〈省略〉

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